自分なりのベストを尽くすことで自信を身につけた20歳代。
イー・ウーマンやユニカルインターナショナルの社長にして2人のお子さんを持つ母、佐々木かをりさん。どのような20歳代を送られていたのでしょうか。
「意外に思われるかもしれませんが、大学生のころは漠然と25歳位で結婚して、旦那様を家で待つ生活が普通だと思っていました。何がしたいということはあまり思っていなくて、大学に就職課というものがあることすら知らなかったんです。まわりの友人に誘われて、何社か説明会や面接を受けはしましたが、企業の中に入って、制服を着て仕事をすることには、反発を覚えました。そんな時、高校時代からアルバイトを続けてきた音楽系のイベント会社の社長が、私の働きぶりを買ってくれ、誘ってくれたのでそのまま就職することにしました。
コンサートチケットの販売プロモーションをしていた会社ですが、与えて頂いた仕事に熱中して、工夫を重ね、自分なりに「いい仕事をしよう」という姿勢で取り組んでいました。今日、佐々木に仕事を頼もうと言ってくれた人がいる。それがチラシ配りだろうと、窓ふきだろうと、どんな仕事であろうと一所懸命やるという姿勢。それが、私の特徴だったのだと思うし、今もその思いは変わってはいません。
就職して1年後にフリーランスの通訳になった時、アルバイト時代からの約8年間で200~300枚の名刺が私の手元には残っていました。「英語の通訳などできる仕事をください」と、1枚1枚手書きの挨拶状をしたためました。23歳の頃です。不安というものは特にありませんでしたが、大学を卒業する3月に一人暮らしを始めていたので、家賃を払っていかなければいけなかった。当時は日本国内で派遣会社が出来始めた頃で、私も何社か登録。フリーランスの通訳の仕事が安定するまでに一時的に職を貰うチャネルを増やそうという思いでしたが、1社登録すると何10件も仕事のオファーがくる時代でした。そこで、短期間の仕事を2度お引き受けしたことがありました。
最初に受けさせてもらったのは、夏季休暇をとられる秘書の方の代理で、1週間だけのお仕事でした。夕方までにと依頼された仕事を10時半には終えてしまい、その後の時間、オフィス中を掃除したり、ファイル整理をしたり、出来る限りの仕事をしたところ、大変気に入ってもらい正式に入社するように誘っていただきました。
その次の派遣先は外資系金融機関の受付。国内外からかかる電話への対応や来客への対応だったのですが、仕事をし始めて10分もしないうちに社員の方が来て、「あなたの対応は素晴らしい」と言っていただき、2週間が過ぎた頃には、社長から正社員になるよう誘っていただきました。熱心に働くことで可能性が生まれるという体験となりました」。